結局のところ、ディズニー社がここに注目したのは、日本のメガポリス東京に近いという市場的優位性である。こんなエピソードがある。1974年12月5日のことだ。
ディズニー社幹部が三井不動産のある新宿の高層ビルからヘリコプターに乗り、埋め立て地に降り立った。この日は快晴で風が強かったため、都心のビル街がすぐ近くに見えた。首都東京に接する地の利のよさは、アメリカのディズニー側の事業意欲を駆り立てた。「ここはニューヨークのマンハッタン島の目と鼻の先にあるようなものではないか」と、驚嘆の声が上がった。周囲に何もない広大な埋め立て地だったことにも、自由に設計図を描けるという魅力を感じたようだ。
TDLオープンから5年たったある日、加賀見俊夫社長(当時)がロサンゼルスでディズニー社のフランク・ウェルズ社長(当時)と会ったとき、「私はこの地区を日本一のレジャーレクリエーション地区にしたいと思っている」といったことに対してウェルズ社長は「日本一といわず、世界でナンバーワンかナンバーツーになれるよ」と肩を叩いたという。
市場環境としてはニューヨークのマンハッタン島と変わらない。半径50キロメートルに可処分所得の高い人が3000万人も住んでいるところは、世界中どこを探してもない。
| — | 新版 ディズニーリゾートの経済学/粟田房穂 (via 010734) |







